飢えた星、命の渇き


(4:09) *低音質版



行く当てもない寂しい鳥
乾いた翼を焦がす太陽

巡る季節は止まった

煌めいて流れる命を
探して荒野を彷徨うよ
求めながら走る足は
愚かな幻に傷ついた

希望を打ち殺して


開かれたパンドラの箱は
絶望を告げる古びたラジオ

残る希望は飛び立つ

目指す場所は廃墟の片隅
眠り続ける獣の夢
輝く場所 一人きりで
羽ばたき続ける 
幻惑の星

翼が千切れるまで


煌めいて流れる命を
探して荒野を彷徨うよ
僕を残し飛び立つ鳥
愚かな幻を引き連れて

目指す場所は 希望の夜を
終わらせ目覚める獣の檻
乾いた井戸を満たすように
嘆き続ける
幻惑の星

身体が乾涸らびても



 私は全ての思考を放棄して、ラジオのでたらめにチャンネルを回していた。何も言わない役立たずの箱。しかしそいつは突然しゃべり出した。
「こんにちは、居ないかも知れない僕以外の生き残りの方。僕はこのラジオを、希望を持って放送します」
 男の声だった。

 一週間ほど体調を崩して寝込んでいたら、この星が死んでいた。
 カーテンを開けると、マンション5階の見晴らしの良い景色。太陽が強烈に照らす町並みを見下ろせるこの部屋は良い物件だった。別にもう、何所にだって住めるようになってしまったけど。
 道行く車が一台もないのを見て、私は慌ててラジオの電源を入れた。
 ノイズ。反応無し。
 テレビもない、新聞も取ってない、唯一の世間との接点がこの調子。本格的にやばいと思って、着替えもそこそこに部屋を出た。
 砂混じりの風が吹く街に、誰もいない。着の身着のまま逃げ出した町並みは、人影がないだけで、一週間前に見た光景と何ら変わらない。なのに人っ子一人いない、私以外の呼吸音は無く、この間までの日常とそう変わらない風景なのに、異様だ。
「さらば火星よ」
 と半分降りた果物屋のシャッターに走り書きされている。店先のアアアの実が腐って虫が集っている。隣のイイイの茎は良い具合に熟していたので、食った。
 いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。
 太陽の反対側の空に見える青い星、恐らくまだシャトルはそこまで辿り着いてはいないはずだ。だから皆は私の視線の先にいる。
 何所に行ったって、人間はいつも故郷に憧れるものだ。まして、宇宙の外、火星なんて暑くて寒い星まで来てしまったら尚更だろう。
 だからといって、私を残して行く事はないだろう。いくら近所づきあいをまともにしていなかったとはいえ、誰も気がつかなかったなんて。恨めしい。
 酷く空虚な気分だった。嫌なことから解放されたような感覚も少しあり、しかしこれから降りかかる何もない日々の事を考えると、虚しくて仕方がない。
 大学で必死に勉強したことも、先週まで作っていた論文も、今まで読んできた本も、珍しく続いていたダイエットも、溜めたお金も、今生きていることさえも、全部無駄。
 どうやって死ぬかというのが当面の問題になりそうだった。
 取り合えず遠くへ行ってみようか、と末期的な典型思考を見出し、下の階の男が使っていた車が丁度残っていたので拝借することにした。自分の部屋からは持って行きたいものが見あたらなかったので、ノイズを流し続けるラジオを道連れにすることにした。下の階に降りて部屋を漁ると、車の鍵は以前と変わらず本棚の側面に吊してあった。几帳面な性格だ。
 体型維持も今後全く問題にはならないだろうので、商店街を歩いて日持ちしそうなものを車のトランクへ運び込んだ。しかしこういうことをしても、どうせ行く先々で物資は余っているんだろう。
 ともかく準備は整った。
 だが、目的がない。目的っていうのは、希望だ。そうだ、生きて行くには目的が必要で、生きていくのに必要なのは希望だから、目的は希望なのだ。
 だから目的のない私には生きる希望がない。
 酷く咽が渇いた。暑く照りつける太陽が、私の体液全てを蒸発させたがっているように思う。ハンドルにかけた手がゆっくりと膝に落ちた。膝の上に小さなラジオ。私は思考を捨てて、ラジオのチャンネルを回した。
 ノイズ、ノイズ、ノイズ。それでも、回す。
 そして私は、多分火星最期の放送を聞いた。
「こんにちは、居ないかも知れない僕以外の生き残りの方。僕はこのラジオを、希望を持って放送します」
 全身に力が戻ってくる。私以外に誰かが、まだ星の上に生きている!
 私は下の階の部屋から失敬した新聞を再び手に取った。恐ろしくて読むことの出来なかった記事に目を通す。
「奇病、ウウウに対処法無し――死亡率100%」
「誰もがウウウ病に感染し、薬も手術も甲斐無く死亡、先週の火曜日までに生き残っていた者は皆地球へと絶望の旅に出ました。もしかしたら、地球には薬が存在するかも知れない、と」
 ラジオの先で男が同じ記事を読み上げる。新聞の日付は先週の火曜。薄い一枚の記事。
 まともな精神を持っていれば、地球に帰ったところで助かるはずがないと判っていただろう。それどころか地球に火星の病を持ち帰ったら、どうなるか。判らないはずがない。
 それでも皆飛び立ってしまった。残った私は、皆が病原菌と一緒に宇宙船の中で死滅してしまうことを祈る他ない。しかしそんな祈りも、どうせ火星に骨を埋めるだろう運命では、全くの無意味だ。
「独り身でウウウ病に倒れていた人間は見捨てられました。僕のように――。しかしあらゆる事項に例外が存在するように、死亡率100%と言われても、生き残る人間はいる。恐らく僕以外にも、ウウウ病から奇跡的に回復した人がいるはずです。もしもこのラジオを聞いているのなら、僕はエの街にいます。僕はエの街にいます」
 私は車のキーを回した。エの街は太陽の沈む方向。広い荒野を抜け、山を3つ越え、大きな運河の向こう。
 確かに私はウウウ病が回復したように見えたが、エの街へ至るまで、病が再発しない保証はない。ラジオの先の男もそうだ。私が辿り着くまで、生きている保証はない。
 さっきまで空虚だった腹の中が、ずしりと重い不安と希望に満たされた。
 車は荒野を走って行く。ラジオは絶えず喋り続けている。





















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